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AIは「心」を持てるのか
|2017年4月10日 18:22| コメント(0)
AIは「心」を持てるのか

AIは「心」を持てるのか
日経BP社
ジョージ・ザルカダキス
長尾高弘訳

最近、AIがよく話題になり、AI特異点とよばれるAIの爆発的な広がりが懸念されている。今後、遠くない未来において、人間の知的な仕事の多くがコンピュータに奪われるかもしれないということも心配されている。そうした問題について考えるための基礎的なテーマは、コンピュータが人間と同じように心を持てるのか、あるいは人間のように意識を持てるのか、という問題である。本書はその問題を掘り下げている。

AIと心の問題は、人間観の問題につながり、それはプラトン、アリストテレスの議論にさかのぼる。質量と形相はどちらが重要なのか、前者を重視するのがプラトン主義で、後者がアリストテレス主義である。それは近代に入って、デカルトが形を変えて光を当てたことでもある。デカルトは、心身二元論で、認識する自己を考え、それは考える人、すなわち心の優位を示している。そうした二元論は根強く、コンピュータがソフトとハードに分けられて設計されていることにつながっている。すなわち、ソフトは脳=心であり、ハードは身体であるという見方である。それは、強固なものである。

しかし、著者がいうには、現在のコンピュータは心をもつにはほど遠い。たんに計算できるだけであり、チェスチャンピオンに勝ったマシンでも、大量の演算を高速でおこなう力づくゴリ押しのマシンであり、できるのはチェスだけだ。重要なことは、コンピュータが人間の自然言語をまったく理解しないことである。ここに、人間とコンピュータの根本的な差異がある。コンピュータが意識をもつことは、全然、無理というレベルのようだ。

可能性はある。ニューラルマシンである。1972年にノーベル生理学。・医学賞をとったエデルマンが発見した抗体の仕組を利用したものだ。しかし、それが人間のようになるためには、自己を再生産しなければならない。それは当分は不可能だろう。

重要なことは、人間の脳とコンピュータは違うということだ。もっとも根本的なこのことがあまり理解されていない。

汎用言語は、状況のごった煮的な産物だ。精度に無頓着で、比喩を使って情報を伝えようとするので、意味が重なり合ってどうとでも解釈できる。たとえば、飛行機は本当に「飛ぶ」のだろうか。コンピュータは本当に「考える」のだろうか。・・・残念ながら、今では私たちはこの種の問いに適切に答える意識があまりない。(P431)
情報を処理し、自分で決めた行動をするようにコンピュータをプログラミングすることはできるが、意味を理解できるようにプログラミングすることはできない。ウィトゲンシュタインによれば、このような理解の欠如は修復不可能である。コンピュータは、いつも、永遠に、私たちが使っている言葉(つまり、私たちが自然言語を使ってコミュニケートしているときに使っている言葉)の意味を理解できない。そしてそれはコンピュータが形式言語を使ってプログラミングされているからだ。・・・残念ながら、このコンピュータと人間の大きな違いは、AIについての今日の議論では脚注扱いになってしまっている。(P435)

以上のように、人間とコンピュータはまったく違うというのが結論である。それならば、プラトンやアリストテレスに紙面をさくよりも、もっと、人間とコンピュータの違いに焦点を当てて、そのあたりを詳細に追求してほしかった。おそらく、人間独自の思考方法は言語と重なっているだろう。チョムスキーの生成文法の理論が進展したら、明らかになるかもしれない。私が知りたいのはそこだ。



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